アンチコメ100件届いて、攻撃する人は誰の話をしていたか

アンチコメ70件届いて、攻撃する人は誰の話をしていたか

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子連れで上海ディズニーに行った話をリールで投稿したら、ヘイトコメントが100件以上届いた。

「中国のヤラセ宣伝」
「永住して下さい」
「帰ってこないでね」
「人糞踏んだでしょ!」

最初は驚いたけど、すぐに大喜利モードに切り替えた。
ひとつひとつ皮肉ユーモアで返していたら、結構な数の人がブロックされるまでラリーが続いた。

その過程で、ちょっと面白い発見があったので書いておく。

100件のコメント、全部読んでみた

返信するために、全部を真剣に読んだ。

そうしたら、コメントが大きく3つに分けられることに気づいた。

ひとつ目は、「私はもう中国には行かない」「私は怖いから行けない」と、自分の選択を語っているタイプ。
このタイプの人は、攻撃の意図はあっても、自分の話をしていた。

ふたつ目は、「あなたが移住しろ」「中国の宣伝ね」「子供をだしに使うな」と、主語が「あなた」または「中国」のタイプ。
このタイプは圧倒的多数だった。

3つ目は、「人糞踏んだでしょ」「頭膿んでるでしょ」みたいな侮辱・煽り型。

攻撃的な人ほど、自分の話をしていなかった

100件読んで、はっきり見えた共通点がある。

攻撃的なコメントほど、自分の話をしていない。

「あなたが」「中国が」「子供が」を主語にして、誰かを否定するのに言葉を使っていた。
「私が」「私は」を主語にして、自分の体験や考えを語る人は、ほとんどいなかった。

これって、偶然じゃない。

本音を生きてる人は、他人を攻撃する時間がない

自分の人生をちゃんと生きている人は、他人の選択に時間を使わない。

「私もこう生きたい」とか「私はあれが好き」とか、自分の話をするだけで毎日忙しい。
わざわざ知らない人の投稿に攻撃コメントを書く暇なんて、ふつうはない。

逆に言うと、わざわざ攻撃コメントを書きに来る人は、自分の本音を出す場所が他にないのかもしれない。

しおりさんという人が前に言っていた言葉が頭をよぎった。

「本音を抹殺された人たちが多いから、陰湿にコメントするんだよ」

そういうことなんだろうな、と100件読み終わって思った。

攻撃の動機は、寂しさだったりする

これは推測だけど、攻撃したくなる動機の根っこは、寂しさだったりする。

「私はこの選択をした」と言える場所がない。
「私はこれが好き」と言える人がいない。
だから、他人の選択を否定するエネルギーで、自分を確認している。

そう考えると、ちょっと哀れみさえ感じる。

ただし、これは私が安心安全ベースのメンタルを持っているから言えることでもある。
攻撃を受けて傷つく方が「悪い」わけじゃ全くない。

加害している方が、100%悪い。

それでも私は大喜利で返す

私の場合は、大喜利が好きなので返す。

「いつも言われるんですけど、そのお仕事どこ行ったらやらせてもらえますかね?🤔」
「このコメントはワンパターンで飽きてきたな…🥺」
「不快にさせてすみません!笑える感じを目指してるので精進しまーす🤭」

返すうちに、相手が黙ることもある。
もっと激しく返してくることもある。
ブロックされることもある。

どれもオールオッケー。
攻撃を受け止める必要も、相手にする必要も、本当はない。

ただ私は、攻撃の言葉を「お題」として受け取って、笑いに変換するのが楽しいだけ。

あなたは、誰の話をしてる?

100件読んで、もう一回自分に問いかけた。

私は、ちゃんと「私の話」をして生きているだろうか。
「あの人がああだから」「世間がこうだから」を主語に、誰かを否定していないだろうか。

これは私への問いかけでもある。

あなたは、誰の話をして生きてる?


あわせて、動き出したい方へ


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